同人サークルWebSiteからの発行物通販を考えてみた。


同人活動における「通販」というのは大事だと思う。

「取引機会」をめぐる「作り手」と「受け手」の望まれぬ利害対立

まず作品を発行する作り手側は、自作品を手にとってもらえる機会が年間数回のイベントという制約のもとにある。最も層が厚いと思われる少人数の零細サークルにとって、イベントへの参加は頑張っても月1回が限度。年間12回もイベントに参加している零細サークルがあれば拍手を送りたいところだ。

また、作品を求める受け手側は、頻繁にイベントが開催される都市部に住んでいる人だけではない。夏冬の有明に日本中から訪れる人の群れを見てもわかるように、都市部から離れたところに住まう人たちは決して少なくは無い。遠隔地のイベントでいくつかの欲しい作品を手に入れるために職場でスケジュールを空け、宿を予約し、決して安くは無い交通費と宿泊費を負担し、その機を逃すまいと可能な限り1000円前後の作品を購入するため彼らは参加するイベントを絞らねばならない。


作り手は配布の機会を増やしたい。
受け手は欲しい作品を手に入れる経済的コスト的な理由で参加を絞らざるを得ない。

遠隔地の受け手に負担が少ない同人作品の「販路」

本来ならどちらも望まぬ筈のこうした対立する利害を解消するには
「地方在住の受け手が小さな負担で作品を入手する手段を設ける」
ことが必要になる。現在までに登場している手段は、

  1. 地方イベントへの委託参加
  2. 同人ショップへの販売委託
  3. amazonマーケットプレイスへの出品
  4. サークル自身の手による通販

だろうか。

このうち、1.は二つの条件「ターゲットとなる現地でイベントが継続的に開催されること」「自サークルが現地のサークルやイベントへのパイプを持っていること」が条件となる。まずは頑張って人脈を作るところからだが、いずれにせよ「イベントの開催」という制約を受ける事には変わらない。


2.の場合はショップによる30%前後の中抜きに耐えうる原価で作品を作れるだけの実力と経済力が必要。同じ仕様ならば生産数が多いほど1部あたりの原価は安くなるが、原価を安くするための大量生産に必要な制作費を負担でき、その大量の部数が捌けるだけのクォリティが必要となる。発行部数が少なく原価の高いものをショップの中抜き込みで販売委託しようとすれば必然的に高価になり、その分受け手には手が出しにくくなることは覚悟しなければならない。それでも、地方から東京に出る交通費や宿泊費の総計より、はるかに手軽だろうけれども。


3.は、現在受け手にとって最も入手しやすいと思われる手段ではあるが、作り手にとっては最も大きな初期負担が必要となる。1部あたりの手数料は売り上げの15%と2.に比べ安価で、大量発行が当たり前の大手サークルならばブランドイメージもあってよい手段だと思われるか、大手ではないなら少し考えたほうがいい。年を通じて販路を確保するために、初年度は合計で約7万円の投資(JANコード申請10,500円、マーケットプレイス月額4,900円×12)が必要となり、販売価格1000円の作品なら手数料を引いて1部あたり850円の実入りなので、年間に82部以上売れてはじめて「販路代」がペイできる計算。その上で制作費を回収できるだけの発行部数が出るサークル、つまり中堅どころ以上にはお勧めかもしれない。あるいは初動1ヶ月で完売できるサークルなら、1000円の作品19部、2ヶ月で完売なら24部以上で場代がペイできる(JANコード代+月額1ヶ月分で15,400円、さらに1ヶ月で20,300円)わけで、制作費は残りの売り上げで回収できるが、「零細サークル」とは「そんなことが出来ないサークル」のことだ。うちも含めてw
零細サークルがこの手段を取るならば、他のいくつかのサークルと合同でリスクを分散する、という考え方もあるし、それを商売にする業者も出てきている。しかし、間に業者を挟むということは、その分「中抜きを行う相手が増える」、ということでもあるので注意が必要だ。


そこで4.である。

「サークル自身の手による通販」とは、零細サークルにも身の丈に合った規模でできる遠隔地のファンへの、作り手受け手ともに最も負担の小さな最後の手段なのだ。

考えうる問題

「サークル自身の手による通販」は、作り手と受け手の相互において、零細サークルにとって最大の課題である経済的および人脈的負担をもっとも小さくできる可能性があるというだけであり、もちろん解決すべき問題を内包している。

  • 相互に不安の少ない決済手段
  • 個人情報の管理
  • 法的な制約の可能性

の三つである。

相互に不安の少ない決済手段

まずよく見るのは「銀行振込」あるいは「定額小為替」による決済。
しかし、どちらも「カネが先かブツが先か」の問題が生じる。

先払いならば受け手の側には作品現物が届くまでの不安が生じる。直接会ったことのない遠隔地の零細サークルに送金して、作品が届かないと思ったらそのサークルのWebSiteが消えているような「持ち逃げ」のリスクを覚悟しなければならない。

かといって、現物が届いてからの後払いでは、「踏み倒し」が起きた際のリスクが作り手側にある。作品を送らせておいて代金を踏み倒す悪質な受け手がいないとも限らない。

一応慣例的に、作り手側に有利な先払いを良く見かけるのは無理からぬところだろう。通販の主導権は原則作り手であるサークルが握っている。しかし、金品の交換が非同期に行われることによるトラブルを避けるため、それなりに決済の信用を担保できるシステムとして同人ショップ委託やamazonマーケットプレイスを使う、という選択があるぐらいだから、結構重要な問題だ。だが、この二つの手段は中抜きと初期投資の面で零細に厳しいのは先に述べたとおり。


中抜きが無く、大きな初期投資も不要で、受け手側に負担を求めても許されるレベルの若干の手数料で使える、非同期決済のリスクの無い決済方法は無いものか─

─結論から言えば、ある。

それは「代金引換荷物」という送付方法だ。

代金引換 - 日本郵便

日本郵便の例で簡単に言えば、一回の送付につき手数料は250円。大きな初期投資は不要で、最初で最後の荷物一個だけでも使える。準備が必要とすれば、ゆうちょ銀行に口座を用意することぐらいか。地方から都市部のイベントに出る交通費を考えれば格安なこと極まりない。多分このぐらいなら、中高生のお小遣いでも負担できる額だ。
そして荷物が届くまで受け手は代金を払う必要が無く、受け手側が代金を払わない限り荷物はその手に渡らない。つまり「持ち逃げ」も「踏み倒し」も心配する必要がない。

送付にあたっては、送り主の住所氏名を明記する必要があるが、それは相手が受け取らなかった場合に返送する先が必要であるという現実的な問題と、相手が誰から送られたのかを確認できなければならないという信用の問題の両面から必要なので、これは受け入れるべきだろう。

受け取られなかった場合、代引手数料は送り主の負担になるのが決済上唯一のリスクと言ってよいが、それも250円なのでこれを大きいと見るか小さいと見るかは各自の判断によるところ。ただ、零細サークルにとっては決済上のリスクがこれ以上小さな方法はほかに無さそうだ。

個人情報の管理

人の住んでいる場所に公共の運送手段を用いて荷物を送付するためには、その場所を示す「住所」と、その住人の「氏名」という情報を受け取る必要がある。これらは言うまでも無く個人情報で、受け渡しに際しては慎重を期す必要がある。

個人情報の保護に関する法律」の定めに従えば、一般の個人は原則として「個人情報取り扱い業者」には含まれない。ただし、過去6ヶ月以内の個人情報を5001件以上抱えてしまったりする規模のサークルは対象となりかねないので注意が必要。しかし、そんなに抱えることが無いから「零細サークル」なのであって、法的な面ではあまり意識しなくてよさそうだ。

【参考】個人情報の保護に関する法律 - Wikipedia

しかし、法的に対象とならないからといって、その管理がずさんでは作品を欲しいと言ってくれる方々に対し実に失礼な話であるし、たった一件の個人情報でも取り扱い次第でその一件で特定できる人を不幸にしてしまいかねない、という意識は持っておくべきだろう。

法的な制約の可能性

まだ厳密な法的見解を得るには至っていないのだが「特定商取引に関する法律」(以下「特商法」)というものがある。これによれば通信販売を行う業者は事業者を特定できる情報を掲示しなければならないことになっており、その中には事業者の氏名(もちろん本名)と、事業所の住所も含まれる。

【参考】
特定商取引に関する法律 - Wikipedia
通信販売 - Wikipedia

多くの場合零細同人サークルの活動はメンバーの自宅で行われるものなので、もしサークルのWebSite上で同人作品の通販を行うことが、特商法で定めるところの「通信販売事業者」に該当すると看做されるならば、サークルの代表者は自身の本名と自宅の住所を「特定商取引に関する法律に基づく表示」としてWeb上に掲示しなければならなくなるかも知れない。

これは原則非営利の趣味として同人活動を行っている一個人が背負うには大変なリスクだ。誰でも見られるWeb上に一個人が包み隠さず住所氏名という個人情報を晒し続けることを求められる、ということであるわけで。一人暮らしならばまだ自分ひとりでリスクを負えばよいかも知れないが、家族と一緒に生活している人は、その家族の住んでいる住所をWeb上の誰にでも見える場所に掲示したいとは思えないだろう。

消費税法上などでいう「事業者」の定義が「反復、継続、独立して行う、事業の判定上その規模は問わない」だったりするので、同人サークルであっても「通信販売事業者」と看做されうる可能性は笑い事ではない。

通販の申し込みを「私信」として受け、個人間取引として扱うことで特商法掲示を回避できるかどうか、というところがおそらくポイントとなるのではないかと思われる。

総括

全国各地において友人・知人に恵まれ、その中には自分のCDを欲しいと言って下さる遠隔地在住の方がいなくも無い。友人・知人以外にも、自分のWebSiteを見つけて視聴し、作ったCDを欲しいと言って下さる遠隔地の方がいるかもしれない。しかし、あまりに負担が大きすぎて「東京のイベントまで買いに来て」とはとても言えない。


そうしたまだ見ぬリスナーの方に(そして自分にも)あまり負担をかけず作品を届ける手段を模索しているうちに「代引荷物で実費程度を負担してもらう」という手段を考えついたわけだが、最後の「特商法」だけが現在懸念事項として残っている。

商売にするために作ったCDを売るならばamazonを使う覚悟もしようものだが、いかんせん価格設定が「商売そっちのけ」なので、リスクのでかい方法を取るのは躊躇われる。この「特商法」に関する懸念さえクリアできればすぐにでも受付を始めたいところなのだけれども。