して、今日は七夕なわけだが…


ベガとアルタイルが一日のうちに地球から視認できるほど天球上で近づいたとしたら、二つの天体は光速を越えて移動したことになるので、もちろんそんなことがあるはずもない(w


第一、紙切れに書いたぐらいで願い事が叶うなら誰も苦労はせんわけだし、あの風習はある種の自己暗示または決意表明のようなものと捉えるのが健全だろう。短冊に書いたあなたの願いは勝手に叶ってくれるわけではないので、あなたがそうすると決めたことを書くべきなのだ、とか言ってみる。


私の場合、高校時代ぐらいに「ゲームプログラマーになりたい」と書いた記憶があり、その願いは見てのとおり「叶えられた」わけだが、情報の伝達速度は光速を超えることができないという前提があるわけで、25光年離れたベガや17光年離れたアルタイルに私の願いが届いて、それを叶えるまでには最低でも34から50年かかる計算になる。実際には願いが「叶う」まで二年かかっていないし、現在に至っても当時からそれほどの時間はまだ経過していない。

そもそも天然の巨大な核融合炉が一人の人間風情の瑣末な願いを理解して叶えるということは考えられないので、願いは「叶った」というよりも「自ら叶えるべく動いた結果そうなった」というのは明白だ。


…なんてことは、今更私がここで言うまでもなく、皆わかっているはずなんだな。超越的な力が何かをしてくれるわけではないことをわかっている筈なのに、なぜこういう風習が続き、しかもそれを「美しい」と感じるのか興味深い。たぶん美しいと感じるのは、願い事という形で「自分たちの未来の展望を描く人間の姿」なのではあるまいか。


ちなみに、ゲームプログラマーに「なる」こと自体はそれほど難しいことではなかった。それ以上に問題だったのは、それで「食っていく」ことが存外に難しいということか(笑) 今に至ってもかなり食えてないっぽいので。orz


まぁ、それ以来願い事を短冊に書くなどはしていないなぁ。
願うならば行動する。それができないことはそもそも願わない。