東13,北5,地下1

闇に包まれた迷宮の中、ランタンのほの暗い明りに照らし出された一室には腐臭と血煙が立ち込めていた。

床には無数の腐乱死体が転がっているが、その多くはどういうわけか首がついていない胴体か、もしくは胴体のついていない首のどちらかだ。胴体と首はおそらく同数だろう。それはその多くがもともと同じ一つの身体であったことを意味している。
不可解なことに死体は朽ちているのだが、かつて胴体と首が繋がっていたその切口は新しかった。角度がまちまちであることから、死体の首を切り離したというよりは、動いている時に切り離されたことを連想させる。

部屋の入口となる扉は一つしかなく、その扉の反対側にはフードをかぶった人影がある。よく目を凝らしてみたならば、それは石造りの彫像であることがわかるだろう。そしてその像の前に立つ別の二つの人影は、明らかに生きて動いていた。この二人が不可解な分断死体の山をつくり出した張本人と考えるべきだろう。

二人は対称的な風体だった。一方の男は魔物やならずものが横行するこの迷宮において、あまりに無防備ともいえる程軽装だった。武器の一つも帯びていない。もう一方はこの地のものではない異国の鎧に身を包んでおり、その鎧とミスマッチではあるが明らかにわざものと思われる剣を携えている。全体に小柄であり、身体付きから女だということが見て取れた。


「じゃ、次行くぞ」


軽装の男はそう言うと、既に何回も繰り返したといわんばかりの馴れた手付きで、部屋の奥の彫像に触れた。ランタンの明りでできた彫像の影の闇がいや増すと、威嚇とも悲痛な叫びともとれるうなり声が聞こえ、やがてその主が同じ影から姿をあらわす。ところどころ乾いた血がこびりつき、場所によっては腐り落ちた生ける屍だった。屍はゆらりと動き、部屋を見渡しもはや動かぬ多数の同胞の姿を見てとると──あわてて敵意が無いことを示すように両手を前に突き出してあとずさり、首をゆっくり左右に振る。

軽装の男はそれを見てため息をつき、左手で額を押えつつ、右手で「もう行って良い」と追い払う仕草をする。生ける屍は、安堵したような仕草を見せつつ闇の中に戻って行った。


「…最近、みんな『友好的』だね」


鎧の女は退屈そうに頭の後ろで両手を組み、不服そうに口を尖らせた。軽装の男はうんざりしたように当たり触り無く受け答える。


「そりゃあ、この惨状を見れば奴等でも『あぁはなりたくない』って思うだろうな」

「…あれ全部、マルスがやったんだけど」

「首が繋がっていて刀傷がついてるのはルナの分さ」


マルスと呼ばれた軽装の男は冷淡に応じた。ルナとは鎧の女の名であるらしい。


「俺としては相手がどう出ようが知ったことじゃないけどな。ルナが殺すなというから見逃してやっているんだ。そんなに刀を振るう相手が欲しかったら、相手がどう出ようが殺ってしまえばいい。所詮相手はバケモノなんだから」

「あいつらだって、生きてたときはあんなじゃなかったと思うもの。あんなふうになりたくてなったわけじゃないだろうし。マルスだって昔は『理由はどうあれ敵意が無いのを殺すのは嫌だ』って言ってたじゃない」


「昔の話はやめろよ。奴等は自分が生き伸びるために強そうな奴には下手に出ても、別のところで自分達より弱い奴を見付けて餌食にするだけだ…俺達の村を襲ったように」

「…変わったね。昔のマルスはもっと優しかった」


ルナは心にこみ上げる悲しみに目を伏せ、幼い日々に思いを馳せた。


* * *


──二人が住んでいた村が魔物に襲われた時のこと。
知らせを受け駆けつけた"狂王"の兵が到着するまでに村人は皆餌食となり、二人で魔物の目にとまらぬよう息を潜めて助けを待ち続けた日々。ろくに食料もなく同じように飢えているというのに、恐怖に押し潰されそうになり、おびえ震える自分を強く優しく励まし続けたマルス

マルスが自分達を救った兵たちに憧れ、"狂王"トレボーに仕えることを夢見てリルガミンに行くことを決めたとき、ルナは彼について行くことを決めたのだ。自分達の村はもはや無く、過去を共有した人々の中で、生きている人はもうマルスしかいなかったから。底知れぬ絶望の中で生き抜く希望を与え続けてくれたのがマルスだったから──


「…次だ。ぼさっとしてるなよ」


注意を促すマルスの声も、ルナの耳には入らなかった。マルスはひとつ舌打ちしたが、構わず先程と同じ仕草で彫像に触れた。


──リルガミンに到着した二人を待っていたのは、王国始まって以来の反逆事件にわきかえる首都の姿だった。後に「ワードナの乱」「アミュレット事変」などの名で知られる事件で、首謀者ワードナを討伐し国宝を奪回すれば狂王トレボーの親衛隊に入れるという。

もちろんマルスはそのチャンスに飛びつき、結果としてかの反逆者を征伐したのは、二人を含む六人のパーティだった。今ではマルスもルナも、親衛隊の階級証を身につける身分だ。

しかし幼い日の夢をかなえて以来、マルスは変わった。狂ったように強さを求め、冷酷な強さを身につけるために鍛錬を重ねる彼の姿は、彼らに階級証を与えたドワーフの将軍に言わせれば狂王が若き日に見せた姿そのものだった──


彫像の影から再び生ける屍が現われる。ここは俗に「マーフィーの部屋」と呼ばれ、彫像に触れることで何体でも「マーフィーの亡霊」と呼ばれる生ける屍が現われるため、腕だめしや肩ならしにうってつけの場所として、迷宮に潜る者たちに知られている。二人は今、新たに身につけた技に磨きをかけるため、その亡霊達を相手として実戦を試みているのだ。

今度現われた亡霊は虫の居所がわるかったのか、その先に待ち受ける運命も知らずマルスに踊りかかる。刹那、落ち着き払い髪の毛ひとつ動かさなかったマルスの右腕がひるがえる。その次の瞬間、「マーフィーの亡霊」の首は胴から切り離され宙を舞い、胴は2,3歩足を進めた直後に崩れ落ちる。重力に引かれた亡霊の首が石畳の床に転がり落ち、今日何度目かもはやわからぬ戦いは五秒を待たずに決した。

亡霊が現われてもルナは動かず、呆然とマルスの動きを見ていた。敵の牙や爪、刃の通る道は全て彼の目に映り、それを難なくかわす。その手刀は金属の鎧や難い殻をものともせず、あらゆる敵を切り裂く。もはや彼は剣も鎧も必要としていない。


(もう、私も必要じゃないのかな…)


そう思うと新たな悲しみが湧き上がる。一緒にワードナを倒したパーティの仲間は、それぞれが自分の夢のために集まっただけだ。親衛隊に入ることは皆にとって最初のステップでしかなく、それが終った今はもう各々の夢を追って散ってしまっていた。

今、ルナのそばにはマルスしかいない。彼に必要とされなくなったら自分は一人ぼっちになってしまう。王都に来たのも、反逆の魔術師と戦ったのも、全てこの世でただ一人自分の過去と繋がりを持った人間であるマルスの側にいたかったからだ。自分の夢が無いわけじゃない。マルスこそが自分の夢なのだ。自分が夢を諦めるならまだしも、自分の夢に置き去りにされるのは耐えられそうになかった。

ふとマルスを見る。痛みすら感じぬかのように平然と立ってはいるが、全身にアザができ、ところどころ魔物の不潔な爪に切り裂かれた傷口が化膿している。

彼の技はまだ完璧ではないのだ。先刻の戦いは非の打ちどころがなかったが、それ以前の戦いには立ち合いに遅れたり不意を突かれたりしたことも数多くある。微細なダメージが蓄積し、彼の身体は満身創痍ともいえる有り様だった。にもかかわらず、マルスが次の戦いを宣告する。


「…次だ。準備しとけよ」

「待って…ちょっとだけ」


歩み寄り、背後から彼の肩に触れ、念じながら四文字二音節からなる呪文を唱える。それは彼女がかつてこの国の守護神とされるカドルト神の神官であった頃におぼえた、最上位の治癒魔法だった。地に満ちる神の力が呪文に呼応し、マルスの細胞を全身にわたって活性化させる。アザは消え、切傷がたちまちのうちに塞がって行く。筋肉に貯め込まれた乳酸が抜け、全ての疲労が消え去る。

魔法の効果が終了したことを確かめても、手の平に触れる体温が名残惜しくて、ルナはマルスの肩から手を離すのを少しだけためらった。


「…悪いな。気付かなかった」

「ううん。いつものことだし」


そうなのだ。マルスはこの街にきた時から魔法を使う役職になろうとしなかった。頭が悪いわけではない。そうでなければ、心身ともに鍛錬を極めた者のみが学ぶことを許される忍びの技を伝授される筈がない。ワードナを倒すより前に訊いてみたことがある。


『ちょっとは魔法、勉強してみたら?』

『あんまり興味湧かないんだ。それに、ルナがその辺は全部やってくれるだろ?』


どうやらそれだけは今も変わらないらしい。この世界で人が会得できる最強の技を駆使し、素手で魔物を叩き伏せるようになった今でも、彼は自分で自分の傷ひとつ癒すことができないのだ。彼ほどの素質があれば、いつでも学び極めることができるというのに、何故そうしないのか。

まだマルスには自分が必要なのだ。互いを半身と感じ、引き割かれたあとの孤独を恐れるのは、彼も同じなのだろう。冷徹な思考に染まっているように見えても、心の奥底は昔のマルスのままだ。

それならば──きっと昔のマルスは戻って来る。今はちょっと、厳しい修行を終えたばかりで自分の技としきたりに振り回されてるだけ。


「それじゃ、次にいくか?」

「うん」


先程までの不安は嘘のように消えていた。ルナはかつてマルスが使っていた"カシナートの剣"を青眼に構え、マーフィーの亡霊と対峙する。

* * *

その戦いを決したのは、マルスの手刀ではなくルナの剣だった。

…てなわけで、Wizardry#1。長ぇ前振りだなぉぃ(w しかもろくに推敲もしてねぇし。


なんかパーティが、

  • "MARS" (G-FIG → E-NIN)
  • "LUNA" (G-PRI → G-SAM)
  • "OBERON" (N-FIG → N-SAM)
  • "TITAN" (G-FIG → G-SAM)
  • "MERCURY" (E-THI → G-NIN)
  • "PLUTO" (G-MAG → G-LOR)

てな具合になったのをきっかけに、バラしてマーフィーんとこで修行させてみたりしている。()内は、キャラ作成当初のクラスと属性から、現在のクラスと属性。途中の転職は割愛。とうとう侍、忍者、ロードしかいなくなってしまった(w


…前振り書いてて思ったが、「萌えWizardry小説」という方向もありかもしれんなぁ(ぉぃ