事業的な趣味と働き方


twitter で書いたことを、こちらに記事として纏めておこうと思った。
何の話かといえば、給与所得者から個人事業主になることでより生活が(経済的に)豊かになる条件について、ということになる。

給与所得者の「年収」と個人事業主の「課税所得金額」

給与所得者が年間を通じて支給される総額は「年収」と呼ばれ、そこから源泉徴収という形で所得税を納付し、住民税や健康保険料、厚生年金、雇用保険料の被雇用者負担分などを控除された後に残った額が、俗にいう「手取り額」となる。給与所得者はその「年収」の内から「事業経費」の負担を求められることは無い。それらは全て事業者の負担となるからだ。


これが個人事業主の場合、事業による収益の中から事業経費の負担を求められる。彼が納付する所得税や住民税、個人事業税、国民年金国民健康保険料などは、年間に渡って得られた収益から、年間の事業経費を引いて残った額によって決まる。これは「課税所得金額」と呼ばれる。


個人事業主の「課税所得金額」は、給与所得者の「年収」同様「事業経費を含まない、課税額の基準となる課税前の所得額」であることから、「経済的な豊かさの指針」として用いられる「年収」相当の値として用いる事は妥当と思われる。事業経費を含まず、そこから税や保険、年金を支払った後に残った額で生活するという点において、両者は同じものだからだ。

このことから「年収600万の給与所得者」と「課税所得金額600万の個人事業主」は、個々人の事情を問わない一般論としてであれば「経済的には概ね同程度に豊かである」と言えるだろう。


「仕事」と「趣味」の境界

少し話は変わるが、税制上で言う「事業」の定義から言えば、継続的に行う意思をもって営まれる経済活動は全て「事業」となる。給与所得者であっても、趣味活動などでこれに該当するものを行っていれば、それは「事業」となり、その規模が一定以上になったところで確定申告の義務が発生する。


こうした「事業」の定義に当てはまる趣味の活動の例を挙げると、

  • 同人誌や同人CDなどの発行物を作り、即売会イベント等で有償頒布する
  • ライブハウスを借り、チケットを売ってライブを行う

などがが該当する。どちらも元手を負担し、物品やサービスを提供し、金銭を受け取る、という共通点がある。同様の条件が揃えば、他の活動でも「事業」と看做されるだろう。


給与所得者の場合、給与を負担する事業者の側の責任で行われる事業と、被雇用者が行う事業では責任の所在が異なるので、給与所得者はその事業責任の所在を基準として明確に「仕事」と「趣味」を分離し、個人の活動に必要な事業経費は彼/彼女の「年収」に含まれる可処分所得から「趣味の出費」として負担することになる。


しかし、個人事業主は異なる。生活費を得るための事業と、「事業と看做される趣味」は、どちらもその個人事業主の「事業」となるからだ。このため個人事業主は給与所得者のように「仕事」と「趣味」を明確に分離する必要がなくなり、その「事業と看做される趣味」の経費を「事業経費」として計上した上で「課税所得金額」が決まる。


額が同じなら豊かさも本当に同じか?

ここまでを踏まえて、ここに二人の人間 - A氏とB氏 - がいると仮定しよう。


二人は全く同じように同人音楽活動をしており、
イベントの参加頻度、CDの制作費や売り上げ、人気は全くと言って良いぐらい同じ程度。


二人はそれぞれ独自にバンド活動も行っていて、
同じように月2回リハーサルスタジオを借りてバンド仲間と練習し、
同じように年2回ライブハウスを一晩16万円で借りてライブを行って、
チケットの売り上げも同じ位だとしよう。


二人はまるでコピーしたかのように同じ趣味を持ち、
同様の趣味活動を同程度の出費で行っている。


そんな二人に、ただ一つだけ違う点があった。


A氏は年収600万の給与所得者。
B氏は課税所得金額600万の個人事業主


さて…一般論から言えば、個人事業主の課税所得金額は、給与所得者の年収に相当し、その額自体は両者とも同じであるように見えるが、二人の生活はどちらが金銭面で豊かであると考えられるだろうか?


答えは、個人事業主のB氏。B氏にとっては同人活動もバンド活動もそれぞれが「事業の一つ」であり、彼の「課税所得金額600万」は、それらに必要な「経費」を支払った後に残った額だからだ。


これに対し給与所得者のA氏は、同人活動やバンド活動のための「経費」を、彼を雇用している事業者から支給された「年収600万」の中から支払わねばならない


このように、事業と看做される趣味活動に比較的大きなお金をつぎ込んでいる個人事業主は、その課税所得金額と同じ年収額で給与所得者として働くより経済的に豊かであると考える事ができる。この場合において、課税所得金額600万の個人事業主は年収600万の給与所得者より豊かだ。


事業的趣味を持つ給与所得者は、個人事業主になることで今より豊かになれるか?

ここまでを読んで「こいつはすごい!今すぐ個人事業主にならなくちゃ!」とか思った事業的趣味を持つ給与所得者の方は待って欲しい。よく「騙されやすい性格」とか言われたりしないだろうか?そもそもなぜあなたは今、もらった給料から趣味の金を出しているのか考えてみよう。

大抵の場合、「年数回の同人イベント」や「年数回のライブ」のような趣味活動からの収益だけでは、一年間の生活を支えられないからだろう。給与所得者をやめて個人事業主になったところで、事業がその「趣味の事業」だけではより貧しくなるだけである。コンスタントな収益源にできる「主幹となる事業」で現在の給与所得を代替できる、というのが絶対的な条件になると思った方がいい。


あなたが今給与所得者であり、事業的な趣味を持ち、個人事業主となることで今より豊かな生活の元で趣味活動を続けられるか知りたいのであれば、まず以下をチェックしなければならない。

独立してコンスタントに仕事を請け、お金になりそうなスキルと実績を持っているか?
実績が無ければ仕事を取りにくい。
スキルが無ければ仕事をこなせない。
お金にならなければ収益源として成り立たない。

ここがクリアできなければ、その時点でアウトだと思った方が良い。目指しているのは自由かつ豊かな生き方であり、理想に殉ずる死に方ではないのだ。方法は何でもいい。ここをまずクリアできる見通しを立てることで、ようやくスタートラインに立てる。


問題がなければ、次の手順で試算してみよう。

  1. 主幹となる事業にする予定の仕事の相場や、自分の実績/スキルで仕事が取れそうな頻度から、年間にどの程度の事業収入が得られそうか試算する。
  2. 主幹事業、趣味事業問わず、予定している全ての事業それぞれについて、「明らかに経費とされるべき年間出費」の合計を算出する。経費になるか微妙なものや極端に額の小さなものについては、この段階では考えなくて良い。
  3. 1.で算出した主幹事業の収入から、2.で出した全ての経費の合計を引き、そこからさらに38万円を引いた物が、あなたがこのプランで個人事業主になった場合の「課税所得金額」となる。
  4. 現在の給与所得による年収額から、2.で出した「趣味事業」にあたるものの経費全てを引いた額を、3.で出した「課税所得金額」と比較する。課税所得金額が上回れば、この試算の上であなたは個人事業主になることで豊かになる可能性が充分あることになる。どの程度豊かになるかは、上回った差額をみて判断する。

ここがクリア出来るようなら、今より自由かつ豊かな生活を求めて個人事業主に転身することを考えるだけの理由がある。


ただ、主幹事業の業態にもよるが、個人事業の事業収入は給与所得のように安定はしていないので、「うまくいかなかった場合」を想定し、1.の額を1/2にして「収入が半分程度だった場合」の試算もしておこう。その場合は「今より豊かになれるか」ではなく「うまく行かなかった場合でも生活して行けるか」ぐらいで考えてみる。


課税所得金額で決まる所得税率にもよるが、だいたい年間における家賃光熱通信費と食費の合計が、課税所得金額の約60%近くに達する場合は危険である。各種税金や保険料を払えなくなる可能性が高い。勿論60%を越える場合はほぼアウトと思った方がいい。


首尾よく課税所得金額が「何とか生活していけそうな額」であれば、あなたは少なくとも「多少うまくいかなくても趣味活動を事業として続けながらその額で生活する」ことはできる。なぜなら趣味活動に必要な経費は計上済みなのが「課税所得金額」だからである。この「うまくいかなかった場合」を許容し、その責任を負う覚悟があるなら、自由な生き方に賭けてみてもいいだろう。


しかし、「生活するにはあまりにも苦しそうな額」であるならば、主幹事業が上手く行かなかった場合に「生活出来なくなるレベルのリスク」を多分に孕んでいるということ。それを踏まえた上で新たな自分の人生に賭けるか否かはあなたの判断だ。しかし、自分としてはあまりお勧めしない。普通に考えて「収入が想定の半分になる」というのは相当致命的なリスクだが、決してあり得ない話では無いからだ。


…ここまでの試算額をリアリティをもって感じ、納得がいくなら開業届を書き始めても良いんじゃなかろうか。