旅の密度、スタイル、そしてこれから

2018年の11月に普通自動二輪免許を取るまで、自分は運転免許証の類を全く持っていなかった。

東京暮らしが長く、その東京の都心部で暮らす限り、車やバイクは必須ではない。電車で一時間以内の移動で都心部の何処にでも移動でき、そこには職場、娯楽、食事処その他だいたい揃っている。都心部だけで生活に必要なものはだいたい揃い、移動の足も自分で持つ必要がない。

その都心部を擁する東京都の人口は約1400万。1億3千万とされる日本の人口の、実に一割以上がこの東京に集中している。国民の約一割が「車が必需品とならない地域」に住んでいるのもまあ、いわゆる「車離れ」の一因かもしれない。

そんな「車やバイクを持たない東京都民」の一人であった頃、自分が47を数える都道府県にどの程度足を踏み入れていたか? というのを思い出してみるとこんな感じだろうか?

1973年仙台に生まれ佐世保に就職し、東京に移り住んだ人間が、人生の最初から45年をかけてこんな感じだった。
同人誌即売会イベントのため遠隔地への遠征を行ったこともある経緯から「通過しただけ」の県が多い。また、その頃までも鉄道による旅をしたことはあったが、当時の旅は「目的地について、その土地を観光する」もの、つまり途中経路はどうでも良かったのだ。この地図を作るにあたっても、東海道新幹線が通過する県を知るためどんな経路を通っているかを改めて調べたぐらい「途中経路には関心がなかった」といえる。

2018年に普通自動二輪免許を取り、この2023年に至るまでの5年間でこれがどう変わったか? こうである。

上の図は2018年以前の記録に上乗せしたものなので、この5年分だけの記録に限ると、以下のようになる。

長野県より西にある全ての都道府県において宿泊したことがある、と言えるようになった。旅に関して言えば、この5年間はそれ以前の45年間に比べ密度が高い。

ほとんど都内から出ずに生活していた一人の東京都民が自力で移動できる手段を持った結果、行動範囲と生活、旅のスタイルが激変したのだ。

移動することが手軽になり、時間的余裕さえあれば初期衝動の覚めぬうちに移動できる。宿の予約も取らず富山まで走ったりしたし、四国や九州、中国地方では翌日の宿を都度決めながら渡り歩くような旅をした。「ばくおん!!」や「スーパーカブ」にも出てきた、本土最南端の地である佐多岬にも行った。

いつ運転したくなっても良いように、酒を控えるようになる。そういえばこの5年数えるほどしか酒を飲んでいない。その日はもう運転しないと決めて、翌日の行動開始まで最低でも6時間以上あるときしか酒を口にしなくなった。相変わらず酒は好きなのだが、飲んでしまうと乗れなくなる。

そんな感じなので都内で遊ぶのに飽きてきたり酒を控えたかったりする人は、二輪でも乗りゃいいんじゃなかろうか、みたいなことを考えたりする。

旅に関しては、本土四島のうちまだ一度も足を踏み入れたことがない最後に残された北海道に行く機会をどう作るかを考えたい。

新潟は先日ちょっとだけ角を掠めるように上陸を果たしたが、長らく新潟と北海道が未踏の地になっていたのは「旅に出られるほどの時間が取れる時期には冬が多かったから」だったりする。冬場の新潟や北海道を二輪で旅するのは、よほど周到に準備をしない限り自殺行為と思われるので、避けざるを得なかったのだ。

西日本ではその辺の制約がまだ緩いと思われたので旅先として選んでいるうちにコンプリートしてしまった感はあるが、北への旅は時期の選定から準備が始まると考えねばならない。なので、それが直近の課題になるだろう。