続続・煙草の話

以前私が3/11に書いた日記を読んだ RABBIT.氏より、

「あれは言いすぎのように思うのだが、実際にどれだけの煙害を生じさせているのか資料を見せてくれ。それは罪と呼ぶべきものなのか、もし自分が罪をおかしているならば、その重さはどれぐらいなのかを知りたい」

という主旨のご意見を戴いた。そんなわけで、ちょいと調べてみた。
私がそのとき何を書いたかは、当日の日記を参照のこと。

煙草一本が出す有害物質の量

まずこちらのURIを参照。もともとは1993年に当時の厚生省から出された資料である。

「日鋼記念メディカル情報 No.207」
http://www.nikko-kinen.or.jp/f3/f30207.htm

ぱっと見でわかるが、主流煙より副流煙のほうが明らかに有害物質の含有量が多い。
3/11の日記では、「客の吸った煙草が元になる受動喫煙で飲食店の従業員が受ける被害」を問題にしているので、副流煙のほうを見て行こう。

はっきりいってどれも有害なのだが、一番わかりやすいところで「一酸化炭素」。
明確な中毒性があり、明らかな健康障害を引き起こす有害物質である上に、無色透明無味無臭で気付きにくい分恐ろしい物質として、おそらく最も簡単に理解できるだろうからだ。
この資料によれば、一本の煙草は 148[mg] の一酸化炭素副流煙として出すということになる。

で、ここに「平成17年版理科年表」の環境編75(P.963)にある「化学物質の許容濃度」表がある。この表は

労働者が一日8時間、週間40時間程度、肉体的に激しくない労働強度で、呼吸保護具を装着していない状況において、有害物質に曝露され、それを吸入したとき、大半の労働者に健康上悪影響がおよばないと判断される濃度である。なお、短時間の曝露や弱い労働強度の場合も、許容濃度を超える曝露は避けるべきである。


本表の値は、日本産業衛生学会の勧告値(2004)である。この値は、該当の物質が単独で空気中に存在する場合のものである。複数の物質に曝露される場合、個々の物質の許容濃度のみで判断してはならない。また、以下の値を利用するにあたっては、労働強度、温熱条件、放射線、気圧などを考慮しなければならない。これらの条件が付加される場合、有害物質の健康への影響が増強されることもありうる。


許容濃度等の性格および利用上の注意(抜粋)

  • 許容濃度等は、労働衛生についての充分な知識と経験をもった人々が利用すべきものである。
  • 許容濃度等は、許容濃度等を設定するに当たって考慮された曝露時間、労働強度を超えている場合には適用できない。
  • 許容濃度等は、産業における経験、人および動物についての実験的研究から得られた多様な知見に基礎をおいており、許容濃度等の設定に用いられた情報の質と量は必ずしも同等のものではない。
  • 許容濃度等を決定する場合に考慮された生体影響の種類は物質等によって異なり、ある種のものでは、明瞭な健康障害に、また他のものでは、不快、刺激、中枢神経抑制などの生体影響に根拠が求められている。従って、許容濃度等の数値は、単純に毒性の強さの相対的比較の尺度として用いてはならない。
  • 人の有害物質等への感受性は個人毎に異なるので、許容濃度等以下の曝露であっても、不快、既存の健康異常の悪化、あるいは職業病の発生を防止できない場合がありうる。
  • 許容濃度等は、安全と危険の明らかな境界を示したものと考えてはならない。従って、労働者に何らかの健康異常がみられた場合に、許容濃度等を超えたことのみを理由として、その物質等による健康障害と判断してはならない。また逆に、許容濃度等を超えていないことのみを理由として、その物質等による健康障害ではないと判断してはならない。
  • 許容濃度等の数値を、労働の場以外での環境要因の許容限界値として用いてはならない。

…という条件つきの表で、2004年の日本産業衛生学会による勧告値が掲載してあるが、飲食店の従業員の労働状況を考えれば、「煙草を吸うべきか吸わざるべきか」を判断する指標としては使えると考えられる。

で、一酸化炭素だが、この表に掲載された許容濃度は 57[mg/m^3] とある。煙草は一本で 1[m^3] の空間に、一酸化炭素を許容値の約2.6倍の濃度で充満させることができるという計算になる。許容濃度ギリギリまで希釈しようとすれば、2.6[m^3]の空気が必要になる(1013.25[hPa],293.15[K])。

店の中に、底面が1[m]四方、高さが2.6[m]の直方体をいくつ詰め込めるかを想像してみるといい。
私が例に挙げた店の室内容積を考えれば、店内に許容限界濃度いっぱいの一酸化炭素を充満させるために必要な煙草の本数は、さほど多くはないということは想像に難くないし、土日などに開店から閉店まで居座って店内を観察した経験から、それを明らかに上回る本数の煙草が店内で消費されていることはすぐわかる。

もちろん客は入れ替わり、扉の開け閉めや空調などで空気は入れ替わるし、それぞれの喫煙には時間差もあるが、「避けるべきである」とされる短時間の曝露が明らかに許容値を上回る濃度で生じていることは疑いようがない。


一酸化炭素だけでもこんな有り様なのだが、それだけではまだまだ検証不足である。
その他の物質がどういうものかというと…とりあえず全部調べたかったのだが、まだ調べがついていないものもあるので、ある程度わかったものを挙げていく。

ベンゾ[a]ピレン

発ガン性物質として筆頭に挙げられているが、これは「大気汚染防止法」(1968年制定)において有害大気汚染物質として認定され、優先取組対象にもなっている物質である。つまり、国によるリスク評価、地方公共団体による汚染状況把握、事業者による排出状況把握と排出制限が必要な物質として中央環境審議会答申(平成8年)によりリストアップされた物質であり、なおかつ優先的に対策に取り組むべき物質であるということ。喫煙による排出が野放しというのは妙な話だ。

また、ECB/EPA/IARCその他調査機関によって、適切な長期の動物実験に基づき、ヒトへの暴露がガンを発生させる可能性を強く推測させる充分な証拠が認められている。


ジメチルニトロソアミ

労働安全衛生法では譲渡または提供する際にMSDS(文書交付)の対象となっている。
ベンゾ[a]ピレンと同様、「大気汚染防止法」では有害大気汚染物質として認定され、動物実験によって発ガンの可能性を示す充分な証拠が認められている。


キノリン

毒物及び劇物取締法」では「劇物」に分類され、「キノリン及びこれを含有する製剤」はMSDS対象となっている。
労働安全衛生法」では「強度の変異原性が認められる」とされている。
「変異原性」とは、細胞に突然変異を起こさせる性質のこと。強い変異原性物質によって細胞内のDNAが傷をつけられると、生体は損傷したDNAの配列を組み替えて修復を試みるが、このときにエラーが生じやすく、突然変異を引き起こす。このエラーが元でガン細胞が生じるならば発ガン性物質となる。変異原性を示す物質には発ガン性の無いものもありはするが、EPAは「動物での充分な証拠に基づいて、おそらくヒト発がん性物質」としている。
この物質の煙草一本あたりの排出量に注目。18000[mg]。つまり、18[g]。そもそもの単位が違う。



ヒドラジン

この物質の名前は、私にも馴染みの深いものである。というのは、ロケットの推進剤として使われることがあるからだ。使われるのは非対称ジメチルヒドラジンや、モノメチルヒドラジン
それはさておき、ロケット技術者の間でも毒性が強いことで知られるヒドラジン
「化学物質排出把握管理促進法」では第一種、「毒物及び劇物取締法」では劇物よりランクの高い「毒物」として扱われ、「労働安全衛生法」では「強度の変異原性が認められる」とされるなど、とにかく叩けば埃の出る筋金入りの毒物。
ベンゾ[a]ピレン、ジメチルニトロソアミン同様、ECB/EPA/IARC等によって発ガンの可能性を示す証拠が認められている。


2-ナフチルアミ

この物質はあまり規制している法律は無い模様。「労働安全衛生法」には名前が挙げられているようだ。
しかし、甘く見てはいけない。ECB/EPA/IARC等は、「発ガンの可能性」ではなく、はっきりと「ヒトに対して発ガン性があることが知られている物質」として分類している。「可能性」ではなく、はっきりと「発ガン性がある」と言い切られてしまっている。

O-トルイジン

大気汚染防止法」では「有害大気汚染物質」指定。ECB/EPA/IARCによる発ガン性評価は、ベンゾ[a]ピレンやジメチルニトロソアミンと同様。なんか書いてて段々殺伐とした気分になってきた。

…てなわけで、これらの物質を含んだ明らかな毒物を、多くの場合喫煙者が主流煙として吸う量の10倍近く、物質によっては100倍を超える量を含んだ副流煙が、店内に満ち溢れるわけである。


断言してもいい。喫煙という行為は、

「自分は肺癌になってもいいから吸う」

だけでは絶対に済まされるものではないのだ。受動喫煙のほうが、よほど害は大きいのである。私は断じて「言いすぎ」てなどいない。むしろ、私の言い方は「控え目に過ぎる」ぐらいだ。


店は「禁煙」とは言っていない。私も誰を代表しているわけでもない。
そうである以上、その店で煙草を吸うかどうかは喫煙者諸氏の判断に委ねられるわけだが、その判断の材料として、

  • 煙草の有害物質は、主流煙より副流煙のほうに多く含まれること
  • 煙草一本は、2.6[m^3] の空間を許容値ギリギリの濃度の一酸化炭素で満たせること
  • 店で煙草を吸うことは、店内に毒物をばらまくこと
  • 店で煙草を吸うことは、その場にいる他の客に、法規制せにゃならんような毒物を吸わせること
  • 店で煙草を吸うことは、法規制せにゃならんような毒物で店の従業員の労働環境を汚染すること

ということを是非念頭に置いていただきたいというのが、私の希望だったりする。
その「従業員」が、顔見知りだったりする場合は特に。